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この世界の片隅にいよいよ最終回 | すずからもらった大切なこと。

この世界の片隅に最終回

いよいよ迎えた「この世界の片隅に」最終回。泣きすぎて頭痛を起こしているなぎママです。このドラマは回を重ねるごとに考えさせられることが多かったというか、戦争の恐怖を味わったというか、とにかくこれまで学校などで学んできた「戦争とはなにか」を覆すほどの学習ができたと思います。

みなさんはドラマをみてどんな感想をもちましたか?

すずが生きた時代

すずの生きてきた日本の最も過酷な時代。すずの目線で当時の暮らしを垣間見ることができました。これは小学生の頃に学んだ戦争の「それ」とは違い、とてもリアルで、恐怖で、小さな幸せを感じた時間でもありました。

この時代はそうなんだ、そうだったんだ、ではなく、食べるもののありがたさ、蛇口をひねれば飲める水が出るありがたさ、当たり前の環境にあらためて「感謝すること」をすずから教えられた気がします。

ご近所さんとのお付き合いと助け合い精神

ドラマの途中から原作が読みたくなった私は電子マンガを購入し最終話まで読みました。ドラマを見終わったときは気が付かなかったことですが、すずが生きていた時代は、ご近所さんとの繋がりが本当に濃いというか。今は、とくに賃貸マンションに住んでいるとお隣さんの顔すら知らない状況。

すずの時代をうらやましいと思うか、わずらわしいと思うかは人それぞれですが私は少しうらやましいなとすずをみて思いました。人とのお付き合いが増えれば増えるほど確かに煩わしく思うこともあるし、詮索されることが鬱陶しいこともあります。でも、今のような陰湿ないじめはなかったのではないかと。

互いに助け合い、役立つ情報や物々交換をしたり。物のない不自由さはあれど、いまより工夫の詰まった、心豊かな時代だったかもしれません。

強くなりたいと願うすず

すずのセリフは心に響くことが多かったのですが、とくに私が響いた言葉はこちらです。

うちは強うなりたい 優しうなりたいよ この町の人みたいに

広島市内に住むすずの家族(実家)の安否がわからない状況での言葉。短い言葉ですが、抱えている不安をどうしようもできない気持ちと、北條家を守りたいと願う嫁いできた嫁の責任感、決意のようなものを感じました。

思い返せば響く言葉

すずの同級生(水原)が戦争に向かう前に残した言葉、

この世界で、普通で、まともで居ってくれ

今でも通じるというか、深い言葉のように感じます。簡単なようで出来ないんですよね、「普通」でいること。ここで言う普通は「普通に笑って、普通に喧嘩して、話をして」という意味ですが、もし明日自分が死ぬとしたら・・・やはり同じことを願うかもしれません。普通に家族と生活して、ご飯を食べて、笑って過ごして。

結局、そこが一番究極で、一番みんなが望んでいることなのかも。

義母すずを慕う娘

原爆で実母を亡くした幼い娘。母親と同じように片手を失ったすずに母の面影を重ねます。すずはすずで晴美さんと幼い娘を重ねたのかもしれません。広島で出会った娘を呉へ連れ帰ります。

すずと出会うことで自分の居場所を見つけた娘も成長し、年を重ね、榮倉奈々さん演じる佳代と出会います。マンガ版にはないすずの時代と現代のつながり。

私はこれはこれで十分アリだと思いました。過去の話で終わらせず、いまと繋げる。ドラマ版だからこそ時代の流れをみることができたのだと思います。

まとめ

目を背けたくなるツライ時代を真っ向から描いた「この世界の片隅に」は今だけでなく、語り継がれるドラマになりました。今感じている気持ちもいつしか忘れる日がきます。そのときに思い出せるよう、いつまでも今の気持ちを忘れないよう、また再放送してください。

ドラマが終わってしまうのは寂しいですが、前に進む気持ち、強さをすずからもらったので私たちも頑張っていかないといけませんね。この世界で強く、優しく。

にしても、良い終わり方だったぁ(´;ω;`)ウゥゥ。感動しました。